予約 |
TEL: 045 - 472 - 5890※電話番号のお掛け間違いにご注意ください。2017年8月分以降のご予約の受付は工場見学リニューアルに伴い、延期させていただきます。 ※ご希望日の3ケ月前の1日から受付(年始のみ4日から受付) ●ご予約状況はこちら● <お詫び> 毎月1日のご予約開始日は、お電話がつながりにくい状況となり、ご予約をご希望のお客様に大変なご不便とご迷惑をおかけしておりますことを、 深くお詫び申し上げます。 現在、よりよいご予約の環境整備に向け取り組んでいる次第でございます。 引き続き、サービスの向上に努めて参りますので、何卒、ご理解賜わりますようお願い申し上げます。 |
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開催日 | 水・木・金・土曜日 ※毎月の月末と年末年始を除く |
開始時間 | 午前:10:30(開場 10:00) 午後:13:00(開場 12:30) |
所要時間 | 約90分(試食含む) |
催行人数 | 1~50名様 |
参加費 | 無料 |
備考 |
※貸切制ではございませんので、他のグループの方を含め、1名~50名の範囲であればご予約を承ります。 必要項目がお伺いできない場合、御予約をご遠慮いただく事がございます。予めご了承ください。 <お願い> |
見学はマアマアでしたが アクセスが・・・・
11:51 新横浜に到着なんと1時間の旅
新幹線ホームを見て
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15:57 青横着
雨です
15:06 新横浜
ここから駅まで5分かかりました
空中歩道橋 道路は工事中
修学旅行の時期ですか
15:09 横浜線ホーム
15:45 蒲田 次発が急行なので降りて
15:48 成田行きに乗ります
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展示物は写真okです
12:32 1時まで待ちます
1908年 (明治41年) |
横浜駅(現在の桜木町駅)構内の営業許可を受け、創業 4代目横浜駅長であった久保久行は、定年退職後、知人であった高橋善一(後の東京駅長)の薦めで横浜駅構内営業の許可を妻久保コトの名で得た。 |
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1915年 (大正4年) |
横浜駅が平沼材木町に移転し、匿名組合崎陽軒と改組。支配人に野並茂吉が就任。 |
1923年 (大正12年) |
匿名組合を解散し、合名会社崎陽軒を設立 (資本金20万円、代表社員:野並茂吉) |
1928年 (昭和3年) |
横浜名物崎陽軒のシウマイを独自開発・販売開始 中華街の突き出しとして出されていたシウマイに注目。点心の専門家「呉遇孫(ご ぐうそん)」を招聘し、試行錯誤を経ての発売だった。 |
1941年 (昭和16年) |
横浜駅前支店を改組し、株式会社崎陽軒食堂を設立(取締役社長・野並茂吉) |
1859年の開港以来、常に世界の新しい文化を日本に導入してきた、横浜。その横浜の地で、1908年の創業以来、
100年の歴史と伝統を尊重しながら、「名物・名所の創造」の可能性に挑み続けています。
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明治41年(創業)から昭和20年 | 昭和20年から昭和64年 | 平成元年から現在 |
崎陽軒
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出発しました
空中歩道橋?
7分後にはのどかな景色に
12:23 13分で到着
横断歩道が遠い
広い交差点の上にも道路が
出口が遠い
1時間に2本・・・・
11:55 新横浜は初めてかも
10:46 出発
10:58の電車に乗ります
11:14 蒲田で乗り換え
平和島で後ろの車両まで移動したので
幸運の黄色い車両に乗れそうです
予約方法
工場見学概要
1946年 (昭和21年) |
横浜駅構内飲食店営業の許可を受け、和洋食堂を開始。KY食堂と称す。 |
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1948年 (昭和23年) |
株式会社崎陽軒食堂と合名会社崎陽軒を合併し、資本金200万円株式会社崎陽軒を設立。 (取締役社長・野並茂吉) |
1950年 (昭和25年) |
横浜駅にシウマイ娘が登場 戦争の傷跡が残る横浜に明るさを取り戻そうと、横浜駅ホームでシウマイ娘による販売が始まった。 |
1952年 (昭和27年) |
松竹映画にシウマイ娘登場 毎日新聞に連載された獅子文六の小説「やっさもっさ」にシウマイ娘が登場。翌年映画化されると全国各地で上映された。 |
1954年 (昭和29年) |
崎陽軒の2大名物のひとつ・シウマイ弁当登場 |
1955年 (昭和30年) |
ひょうちゃん登場 シウマイの折箱に添えられたしょう油入れに漫画家・横山隆一さんによって目鼻が加えられ、「ひょうちゃん」が誕生。 |
横浜駅前に鉄筋コンクリート3階建てシウマイショップ竣工 「横浜駅東口周辺を復興させたい」という願いと共に建設されたシウマイショップ1号館。総ガラス張り、丸いエレベータが当時の人々を驚かせた。 |
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1964年 (昭和39年) |
シウマイ自動包装機を採用 |
1965年 (昭和40年) |
野並茂吉死去。2代目取締役社長に野並豊が就任 |
1967年 (昭和42年) |
真空パックシウマイ販売開始 遠くまで持っていきたいという消費者の要望に応え、保存性の高い真空パックシウマイを開発。今では一般的名称の「真空パック」という名称も崎陽軒が独自に発案したもの。 |
1970年 (昭和45年) |
郊外型レストラン「太陽戸塚」オープン 崎陽軒のレストラン事業本格参入の第1号店。 |
1975年 (昭和50年) |
シウマイ製造工場(シウマイセンター)を建設 第3京浜・港北インターチェンジのすぐ脇に建設。シウマイの需要の拡大に対応し、品質向上と生産の合理化、効率化、省力化を実現した。 |
1980年 (昭和55年) |
横浜駅ビル・地下街に中国レストラン開店 |
1981年 (昭和56年) |
特製シウマイを開発・販売開始 |
1985年 (昭和60年) |
中華レトルト食品販売開始 |
1986年 (昭和61年) |
ヨコハマジャスト1号館竣工 旧本社ビル再開発の布石として、地下2階・地上8階立て本社ビルを建設。 現在も崎陽軒の中枢となっている。 |
1987年 (昭和62年) |
中国上海新亜連運営公司より招聘した調理人が来社 |
入るときに 赤いスリッパに履き替えました
3ヶ月前に予約した工場見学 開始後一瞬で満杯になる人気 確かめに来ました
15:35発靑砥行きに乗車 座れれば品川まで行きますが
15:33 京急横浜駅ホーム
15:19発 桜木町行き
横浜まで行きます
15:12 東神奈川行きを見送って
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日産スタジアム
16:01帰宅 5時間以上のおでかけでした ちょっとした旅ですね
15:05 帰りは15分で到着
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1989年 (平成元年) |
点心部創設 |
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1991年 (平成3年) |
点心部シウマイセンターに新調理場を開業 |
取締役会長に野並豊が、 取締役社長に野並直文が就任。 | |
「シウマイ弁当」がヨコハマ遊大賞を受賞(人ではなくモノでの受賞は初めて) | |
1994年 (平成6年) |
新本店ビル・5号地ビル建設着工 |
1995年 (平成7年) |
ヨコハマジャスト2号館竣工 |
江東区大島に東京工場開業 | |
1996年 (平成8年) |
崎陽軒本店(ヨコハマジャスト3号館)開業 |
1998年 (平成10年) |
創業90周年 |
1999年 (平成11年) |
両国国技館にてシウマイ販売開始 |
新世紀に向けて「えびシウマイ」「かにシウマイ」発売 | |
2000年 (平成12年) |
鎌倉に「ひょうちゃん本舗」出店。イートイン方式を採用 |
2002年 (平成14年) |
横浜赤レンガ倉庫にライブキッチン方式「崎陽軒 菜演房」出店 |
戸塚崎陽軒オープン | |
2003年 (平成15年) |
横浜工場リニューアル |
2006年 (平成18年) |
東京工場リニューアル |
崎陽軒本店10周年 | |
2008年 (平成20年) |
創業100周年 |
100周年100企画の実施 | |
100周年記念ひょうちゃん登場 |
13:38 最初にビデオを観てやっとまわり始めました
13:59 20分の見学でした
14:03 戻ってきたら試食タイム
14:10 さっさと食べてお土産を買います
お土産を買って
14:22 バスの時刻まで30分あります タクシーもつかまらず
12:10発に乗ります
新横浜駅舎
12:10
11:36 横浜線直通に乗って
11:36 京浜東北線のホーム
新横浜まで行きます
11:30横浜着
警察官が車を停めていますよ
10:54 青物横丁駅
6月1日
崎陽軒工場見学
M Y
同じバスだった人は2人です
14:22 出店をのぞいて
14:50 乗車
結局バスに乗ることになりました
バスの都合で30分前に着きました
12:26到着